前回のエントリーを上げたあと、東海テレビが簡単な検証番組を放送しているYouTubeのリンクを教えて貰ったので、見てみた。厳密に言えば、番組制作者である東海テレビ自身がアップロードしたものではなさそうなので、この動画は違法アップロードであろう。いくら相手に落ち度があるとはいえ、ネット側がなんでもやっていいということにはならない。MIAUの代表理事という立場上、こういう動画を参考にエントリーを書くという事に躊躇はあるが、事故再発防止の役に立つかもしれないという点で、社会的利益はあるだろう。今回はそちらの方を優先させるべきと判断した。

検証番組中では、前日に放送で使用するテロップ類をタイムキーパー(TK)がチェックすることになっているようである。そしてCG担当者が悪ふざけで作ったものを、TKが訂正の指示を出したものの、担当者は訂正の依頼だと受け取らなかった、とある。

この部分だけでもいくつか説明が必要なようだ。テロップをCG(Computer Graphics)と呼ぶことに対して、いちいちテロップをMayaやLightwaveで作るのか、という指摘があった。MayaやLightwaveは3DCGを制作するためのソフトであるが、2Dを制作するペイント系、ドロー系のソフトで作ったグラフィックも、CGと呼ぶ。実は昨日のエントリーの下書きではその説明も書いていたのだが、さすがにそれはわかるだろうと思って削除してしまった。読者に配慮が足りなかったようだ。申し訳ない。

80年代から90年代までは、このようなテレビ用のテロップは、クオンテルのPaint Box、Harry、Harrietといった装置で作っていた。これらは動画を下敷きにしてその上にぐりぐりとフリーハンドで絵が描ける装置である。たぶんPaintboxを世界的に有名にしたのは、AhaのTake on Meのプロモーションビデオである。曲もいいので、興味のある人は見てみるといいだろう。

しかし現代はこのような高価な装置を使うまでもなく、Windows PCで十分作れるようになった。CG担当者は50代というから、筆者よりもさらに年上である。筆者が業界入りしたときにはCGなどという職種は存在しなかったので、のちにこの職業に転職したということだろう。おそらくは元々セット美術さんか、印刷会社のデザイナーか、写植屋さんだった方ではないだろうか。最初からテレビ業界だったとすると、相当の大御所である。

一方TKという職種は、あまり説明されることが少ない。タイムキーパーは生放送などのときに、番組の時間的な進行具合をチェックし、時間ぴったりに番組が終われるよう管理する仕事である。台本には大まかな進行時間が書かれており、それに対して現場がどれぐらい時間的に押しているか、あるいは巻いているかを計算し、ディレクターに伝える。ディレクターはそれに応じて、次のコーナーを巻いたり伸ばしたりして、放送終了時間にめがけて時間調整していく。

TKさんは、伝統的に女性である。まあ広い世の中、男のTKさんも存在するかもしれないが、寡聞にも筆者はお会いしたことがない。通常TKさんは局員ではなく、完全なフリーランスか、映像専門の派遣会社からの派遣である。どうやってTKさんという職業になるかというと、筆者の知る限り「弟子入り」が最短コースだ。最初は先輩TKさんにくっついて雑用をやりながら仕事を覚え、テレビ局スタップに顔を覚えて貰う。仕事を覚えて1人でできそうだ、というところまでになれば、先輩TKさんが持っている番組を「のれん分け」してもらい、独り立ちする。技術者というよりは、メイクさんやスタイリストさんに近い職業である。

■女工哀史
検証番組の内容からは、おぼろげながらスタッフ間の人間関係が把握できる。東海テレビでは、テロップの確認は前日にTKが行なうという。しかしこのワークフローは、問題がある。普通このような演出上の確認ごとは、ディレクターか、もしくはディレクターの下で働くAD(アシスタントディレクター)の仕事である。そのような業務をTKさんに振っていたということは、おそらくこの番組にはADが付いていないのではないか。人手が足りないので、TKさんにADの代わりをさせているのかもしれない。

TKさんは局員ではなく雇われている立場なので、そういう「○○ちゃんこれもやっといてよー」というリクエストに弱い。これは連綿と続く、女工哀史的な話である。今は女性のADやディレクターも結構多いが、昔はテレビ関係の職種で女性がほとんどいなかったために、TKさんが女性特有の気を回す細かいことをやる立場になりがちであった。まあ逆にベテランTKさんになると、遅れてきたディレクターの代わりに本編の編集の指揮を執るような豪傑もいたが、本来はADがやるような仕事、例えばコーヒーを注文するとか灰皿を変えるとか、そういうこともなんとなーく女性であるという理由だけでやってきたという歴史がある。職種と職種の関係を円滑につなぐ役目、というのが、テレビの現場で働く唯一の女性に求められてしまった結果である。

50過ぎのベテランCG屋さんと女性TKさんでは、立場的にはTKさんのほうが弱い。悪ふざけを注意するにも、かなり気を遣った言い回しをしないといけなかっただろうということが想像できる。それがゆえに、訂正の依頼だと受け取られなかった可能性は高い。

きちんと演出サポートの役割を担うADを使わず、TKさんを便利に使っていた番組スタッフの構造に、まず問題がある。

■システム設計の問題
次のポイントは、実際にそのテロップが放送に出てしまった経緯である。検証番組では、スタジオ内のモニターに絵を出すため、いったんVFに映像をコピーする、と解説されている。ここは技術者としていろいろ疑問が残るところだ。

VFとはおそらく、Video Fileの事だろう。静止画用のファイル送出機であろうと想像する。実はこの辺の略号というのは、放送局によっていろいろ違うので、同じテレビマンでも話が通じないことが多い。元々はVFナントカという機材の型番だったのではないか。局の人はその呼び名が世界標準だと思っているので、このような検証番組でも平気で使ってくるわけである。

このVFに映像をコピーするために、放送用のスイッチャーを経由する、と解説している。ということは、このVFなる装置は、FTPなどによるファイル転送をサポートしておらず、ビデオ映像を入力して、それをキャプチャする機器だということがわかる。FTPをサポートしていれば、そんな面倒なことはしないはずだ。ということは、たぶんこの機械は、以前はテロップ出しのメインで使われていた、古いタイプのものだろう。新しいテロップ装置を導入したために不要になったものを、スタジオ内のテレビモニターに絵を出すための装置として流用したのではないか。

しかし、コピーするためにはスイッチャーのOAかNEXT(プレビュー)ラインに出す必要があるというシステム設計には、正直首をかしげる。やってることが雑すぎるのだ。

番組に写ったスイッチャーを見ると、3ME仕様で各MEごとに4キーヤー、DSKが2系統という、かなり大がかりなものであることがわかる。当然、AUXバスも複数あるはずだ。AUXバスというのは、本番のラインとは関係なく出力できるラインで、外部機器に映像を送り込むために存在する。なぜVFの入力にAUXバスを使わないのか。AUXバスがいっぱいなら、せめて上段のME列の独立出力に繋ぐべきだろう。

筆者は生放送の送出はNHKしか経験がないので民放の感覚的なことがわからないのだが、OAラインはそのまま放送に出てしまうし、NEXTもTAKEボタンを押せば一発で本番に出てしまうようなところだ。そういうところを仕込みの段取り回線に使うというのは、かなり剛胆である。もうちょっと慎重な設計にすべきではないか。

■そして最終的にはスタッフ構成の問題
検証番組の中では、実際にテロップが出てしまったのは、TKさんがテロップをVFにコピーするために、NEXTではなく、OAラインに出してしまった、とされている。このとき番組はVTR送出に切り替わっており、スタジオ副調内では次のコーナーのリハーサルを行なっていたという。ここにもいくつか疑問がある。

そもそも、VFにコピーしなければならない段階まで番組が進んでいたのに、まだダミーテロップのままだったのはなぜか。もしかしたら、完成した最終のテロップは別にできていて、問題のテロップは単にダミーの消し忘れだったのではないか。

普通はあまり使わないT2にVFコピー用のテロップを入れているというが、今回の事故では問題のテロップは、T1に入っていたとされる。これは、T2には完成品を送り込んであったが、T1のほうは前日あたりに間違って流し込んでおいたものを消し忘れたのではないかという推測が成り立つ。

2つめの疑問は、なぜVFにテロップをコピーするというような技術的な仕事を、TKさんがやっているのか。てか技術者じゃない人に、放送中のスイッチャーを触らせるという感覚が、もうどうかしている。まあこれがポストプロダクションの編集室や、スタジオ事前収録だったらわからないでもない。失敗しても止めてやりなおせるからだ。しかしOA本番で、TKさんにスイッチャーを触らせただダメだろう。

これは前段でも書いたが、このTKさんは、時には演出側の人間としてADの仕事をし、本番では本業のTKの仕事もしながら、技術者の助手の仕事もしていた事になる。これをTKさんの操作ミス、と言えるのか。元放送技術者としては、スタジオの信号フローが頭に入ってない人に、本番に直接出てしまう機材を触らせるようなワークフローにしたという管理責任を問うべきではないかと思う。

もう一つの疑問は、いくらVTR送出中とはいえ、技術の人間が誰もOAの画面を見ていなかったのか、という点だ。検証VTRによれば、技術者は「技術責任者」と呼ばれる1人しかいないようだ。その1人までもリハーサルに加わったのだろうか。このようなケースでは、普通2名の技術者を用意して、1人は必ずOAのモニタをするべきである。これも技術者としては、考えられない杜撰さだ。

番組送出は、アナログ時代とは比べものにならないほどに自動化、合理化されているのは事実である。しかし生放送はほとんどがマニュアルであるので、昔ながらのノウハウとあまり変わりがないはずだ。テレビに関わるスタッフは、それぞれが何か「資格」を持っているわけではなく、厳密には誰がどの役割をやってもダメではない。しかし責任の所在をあきらかにするために、越権してはならない部分がある。

今回の事故は、もちろんふざけたテロップを本当に作った担当者のモラルが第一に問われる点は揺るぎないが、それ以外では現時点で検証番組を見る限り、TKさんをいいように使っていたテレビ局側の人的リソース管理、外部スタッフの待遇の問題が浮上したと思う。今回の一件では、この点を指摘する人がいないまま、CG担当者とTKさんの責任として、契約を切って終わりにしてしまうのではないかと懸念している。

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